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アーサナ(=ポーズ)の前に、ヤマ・ニヤマ(=心の姿勢)が大切な理由。

私はいつもクラスの前に、15分ほど皆さんにお話をする時間を取っています。

日常生活の中での気付きだったり、

ヨガの哲学からの引用だったり、

解剖学・生理学的な視点から練習に関する注意点だったり。。。

その時に集まったメンバーに合わせて色んなお話をさせていただいています。

90分のうちの15分は結構長いですが、とても大切なので、今までもこれからも削ることはありません。

 

 

 

現代のヨガは、いきなりアーサナ(=ポーズとします。)の練習から始まることが多いですが、実はヨガの実践には「ヤマ・ニヤマ」という道徳的な心得が基礎的な練習としてちゃんと存在しています。

 

 

 

紀元前後の頃に纏められたヨガの指南書「ヨガ・スートラ」には、ヨガの練習8ステップが明確に示されています。

 

1ヤマ(禁戒)

2ニヤマ(勧戒)

3アーサナ(坐法)

4プラーナヤーマ(呼吸法)

5プラティヤハーラ(五感の制御)

6ダーラナ(集中)

7ディヤーナ(瞑想)

8サマーディ(超越)

 

 

 

「ヤマ・ニヤマ」の細かい内容に関してはまた改めますが、要はアーサナに取り組む前に自分の「心の姿勢」を改めて見直しましょう、という視点です。

 

 

 

なぜいきなりアーサナの練習から始めるべきではないのでしょうか?

色々な見解があると思いますが、私の考えを書いていきますね。

 

 

 

アーサナ(ポーズ)やプラーナヤーマ(呼吸法)、ディヤーナ(瞑想)などヨガを深めるための練習は、全て私たちの人生を豊かにするための技術・道具=ツールです。

・体を健やかにするために、ポーズという技術=道具を扱う。

・心を穏やかにするために、呼吸法という技術=道具を扱う。

・自分を見つめるために、瞑想という技術=道具を扱う。

こんな感じでしょうか。

 

 

 

全てのツールは、私たちの生活や人生をより豊かにするために受け継がれています。

でもこのツールを良い方向に活かすか、あるいは悪用するかは、それを扱う者の心の状態に大きく左右されます。

 

 

 

例えば「包丁」という道具があります。

私達が生きるために必要な「食」において欠かすことのできない道具であり、またその食をより便利に豊かにしてくれる素晴らしい存在です。

ではその「包丁」を、エゴイスティックで心が乱れた人に渡したらどうなるでしょう?

恐ろしい展開が起こりそうなことは、誰にでも予想できると思います。

最悪の場合、誰かを傷つけるか、あるいは自分自身を傷つけてしまうかもしれません。

 

 

 

ヨガも全く一緒なのです。

エゴに心が捕らわれ間違った態度でヨガに取り組んだとしたら、

アーサナでは、きっと指導者の注意を無視して自分が壊れるまで危険な練習をしてしまうでしょう。

呼吸法も、マインドコントロールなんて簡単なんです。

瞑想も、神秘体験ばかりに執着し「今ここ」ではなく存在しない空想世界に捕らわれて、社会からどんどん孤立してしまうでしょう。鬱になる人だっています。

ヨガを使って成長するか堕ちるかは、ヨガに取り組む私たちの心の姿勢次第なのです。

とても基本的なことだけれどつい見落としてしまうことだから、きっと古代のグルはわざわざ「ヤマ・ニヤマ」を示してくれたのだと思うのです。

 

 

 

だから、ポーズや呼吸法など具体的な実践に取り組む前に、

私たちは今一度自分自身の今の「心の姿勢」に向き合わなければなりません。

「自分の今の心の姿勢は、ポーズや呼吸法を扱うに相応しい状態であるか?」

完璧ではないにせよ、先ずはちゃんと気付くこと。

気付いたら、真ん中=ニュートラルに戻そうとすること。

勝気な気持ちは冷静に。

不安な気持ちには勇気を。

それを助けてくれるのが、始まりの合掌とマントラであり、自分の心の姿勢を見直す講話だと感じています。

 

 

 

全ての道具において「それを扱う者の心の状態が、道具を活かすか悪用するかを決める」。

心はそれほどまでに強力です。

心の状態が、私たちの人生を大きく左右してしまうのです。

だからヨガは「心」を調整していくことを最優先事項としています。

ヨガは健康体操ではないのです。

 

 

 

長くなりましたが、これからもしっかりとこの事を伝え続けたいと思います。

何をするかではなく、どんな姿勢・態度で行うのか?

見える部分以上に、見えない部分をしっかりと見直していく事が大切です。

 

 

 

 

 

 

kayo